<きらきら>

 

……光っていた。

暗い…何も見えない闇の中。

ずっと遠く。
でも近くて……でも遠い。
手を伸ばせば届きそうなのに、どんなに身体を突っ張っても、届かない。

 

そんな夢を見た。
ここ数日ずっと……。

 

「どうしたんだべ? 凍矢。汗だくになってるべ」
「あ、いや…」

陣が上から覗き込んだ。
また天井辺りで浮いて寝ていたな。
ライトを壊すから、ベッドで寝ろと言っているのに……。

しかしまあ…今回は黙っておくか。
心配してくれたようだし…。

 

「明日試合だなー!」

陣の奴、上機嫌だな。
予選で当たった奴の弱さに、陣は毎日ブツブツ言っていた。
明日当たるのは、Dr.イチガキチームか浦飯チーム。
どちらと当たろうが、俺はどうでもいいが……陣は浦飯チームを希望しているらしいな。
予選で見た六遊界チームとの試合、他人の戦いだというのに、随分と燃えていたようだったし。

「俺、浦飯と試合してーんだ! きっとする! 正々堂々戦って、でもって勝つ! その後は一緒に飲むべー!」
「……」

まだ浦飯チームと当たると決まったわけではないのに……よくそこまで考えられるものだ。
むしろ、明日死んでもおかしくないというのに。

死ぬことは、恐れてはいない。
先に進むためならば、死も当然だろう。
そこら辺を全く考えていないあたり、陣は俺たちと少し違う……いや、爆拳も違うか。

だが、あいつは陣とは別格だ。
陣が死を考えないのは、理解しがたいところもあるが、それでもイライラしない、すっきりしている発想だ。
しかし、あいつは違う。
自分だけは生き残る……そういう考え方をしているようだ。
いい加減愛想もついてきた。
この大会が終わったら……光が見つけられても、光が見つけられなくても、あいつとは縁を切りたい…。

 

 

 

翌日。

結局、あの後もろくには寝られなかった。
何度もあの夢に起こされて……嫌な夢ではないのに、何故だろう?
光は段々近づいているようだったが、でも届かなかった。
それを残念に思う反面、少しホッとしていた。

……近づくことを恐れているのか?

馬鹿な…俺は光を求めている。
闇の中を生きることは、もううんざりだ。
光を手に入れ…俺たち自身が光になる。
そのためにここまで来たのだから……。

 

 

第一回戦、勝ったのは陣の希望通り、浦飯チームだった。
控え室からテレビ中継で見ていたが……どうやら、色々あったらしい。

勝つには勝ったが、桑原和真という選手は戦闘不能だろう。
覆面戦士もおそらく霊力は差ほど残っていまい。
飛影もあの腕…予選で傷ついたのは分かっていたが、やはり治らなかったか。

戦えそうなのは、浦飯幽助と蔵馬の二人だけか……。
だが、事前に勝ち抜き戦することは決めてある以上、多少こちらに有利だが、仕方ないか。
あまりハンデのある戦いは好きでないが。

 

連戦は聞かされていなかったのか、俺たちが現れる直前、浦飯はかなり驚いたような顔をしていた。
しかしすぐに元に戻り、連戦を承諾した。
承諾しようがしまいが、結局は同じだったろうが、それでも奴はやる気満々だな。
何処か陣に似ているかもしれない…死を全く予感していない辺りが……。

勝ち抜き戦を言い渡した陣は、思った通り、機嫌がよかった。
最初に浦飯が出てきそうにないため、順番を後に回るくらい、浦飯が気に入っているのだろう。
おそらく浦飯も戦えば、きっと陣を気に入るだろう。
バトルマニア、奴等の共通点はそこにもあるだろうから。

 

 

第一戦。

画魔と蔵馬の戦い……勝利したのは蔵馬だった。
だが、画魔もただ負けはしなかった。
命を落として…蔵馬の動きと妖力を封じた。

……画魔はいい奴だった。
俺と同じように光を求めながら、死を近くに感じ、それを受け入れている。
陣は俺と正反対だから仲がよくなったが、画魔は似ているから気があった。

化粧使いは相手に呪いを施すことも出来るが、治癒をすることも出来る。
負傷した俺や陣に手当をしてくれたこともあった。
ただし無言で…何もなかったように、寝ている間にこっそりとしていくのが、彼のやり方だった。
不器用で照れ屋で、だが仲間思いで……自分を一番後に考えるような、そんな奴だった。

 

だから……俺は柄にもなく、怒りを覚えていた。
言葉や表面には出さないようにしていたが、隠せていただろうか…。

怒りは戦いの上で、最も邪魔になる。
理性を失えば、それだけ敵に付き入れられる。
特に今回の敵のように、頭のいい奴には……。

 

蔵馬。

 

画魔の力量を認め、命を落とすことを止めようとしていたことが、唯一の救いだった。
それだけでも俺の怒りは多少静められた。
これで奴が画魔を貶したりすれば、おそらくは会場中が凍結するほどの怒りに燃えてしまっただろう…。

だが、許しはしない。
必ずや殺してみせる……。

 

妖気が使えないとはいえ、近づくのは危険。
ならば、撃ち殺すのが得策…。
俺がそんなことを考えながら、リングの中央までやってきた時、奴が言った。

「ひとつ教えてくれ。なぜ、魔界最強の忍と呼ばれるキミ達がこの戦いに参加したんだ?」

……時間稼ぎのつもりか。
画魔の血の効力が切れるまでの…。

それくらいすぐに分かった。
だが…何となく答えたくなった。
どうせ時間はまだ10分ほどあるのだし。
奴を倒すには充分な時間だ…。

 

「……光さ」

俺は答え、そして忍のこと、俺たちのことを話した。
時間稼ぎのつもりにしては、奴は真剣に話を聞いている。
普通、時間稼ぎに乗じて勝つ手段を考えるだろうに……奴は、俺の話に聞き入るように耳を傾けていた。

何を考えているのか…。
少し気になったが、しかしこれ以上の時間は無駄には出来ない。

審判の合図と同時に、氷の結界を張り、リング上を俺に優位な状況に変えた。
予定通り、遠方からの射撃を試みた。

「魔笛霰弾射!!」

 

 

 

 

……数分打ち続けた。

奴は何度か倒れては、また起きあがってきた。
あれほどの魔笛霰弾射を喰らって、生きている者などいない。
だが、奴は自分の身体を盾に、俺の狙った急所を全て外していた。
そして…俺に勝つ方法を考えている。
ろくに動かない身体で、あそこまでやるとは……。

 

「もう一つだけ聞きたい」

ふいに奴が言った。
時間稼ぎだろうが…だが、聞いてみたかった。
奴が何を言おうとしているのか。

 

「表の世界で何をするんだ」

 

 

……蔵馬の言葉に、俺はかたまってしまった。

表の世界に出て何をするか……そんなこと、誰も聞かなかったし、言わなかった。
そして俺も考えたこともなかった。

ただ、闇の中にいるのが嫌で…光になって、表の世界を生きたかった。
それだけだ。
他には何も……そう、表の世界に出てからのことなど、一度も考えたことがなかった。

 

その時、俺はあの夢を思いだした。
遠くに見える光。
段々近づいてくるようで、でも全く届かない。
届かないのが悲しいと同時に、何故かホッとしていた。

ようやくその意味が分かった。

光を手に入れ、表の世界に出た後……その後のことを、俺は何一つ考えていなかった。
だから、怖かった。
光を手にした後に待っているのが、何なのか分からないから……。

光を手にした後、もしも何もなかったとしたら…。
ただきらきらと光に溢れているだけで、それだけで他に何もなければ、闇と何も変わらない…。
それが怖くて、だから手が届かなくて、ホッとしていた。

 

 

「……分からない。まずは光だ」

俺が言えたのはそれだけだった。
もしここで蔵馬が俺に拒絶の言葉を…光の後に何もないのならば、戦う意味がないと言ったならば……俺はどうしていただろうか?
ただ蔵馬を殺していたか、逆上していたか、それとも……。

だが、蔵馬はただ一言、

「そうか」

と言っただけだった。
他には何も言わず……ホッとした反面、寂しかった。
まるで光に手が届かなかった時のように……。

その時、少しだけ俺は……蔵馬の「生」を願ってしまった。
もちろんすぐに打ち消した。
敵にそんな思いを抱くなど、言語道断。
忍としても…何より、俺自身が許せなかった。

 

画魔の呪縛はもうすぐ解ける。
時間はない。
右手に力を入れ、氷の剣を出した。

「蔵馬っ!! 死ねーー!!!」

 

ザシュッ!!

 

 

 

……腹に激痛が走った。

痛みを堪えて、目を開けると…氷の刃は蔵馬の額ギリギリ手前で止まっていた。
いや、止められていた。
蔵馬の植物によって……。

自分の身体にシマネキ草の種を…何てマネをする奴だ。
それ以外に妖気を使う方法は、確かにない。
だが…まさかこんな手を使うとは。

審判による10カウントが告げられ、蔵馬の勝利が宣言された。
俺の負けか……。

 

「お前の勝ちだ。殺せ」

当たり前のことだ。
弱者は強者に従うか、殺されるかしかない。
従うのは、死よりも屈辱……忍としても俺としても。
蔵馬のダメージの大きさも分かるが、だが俺を殺すくらいならば、出来るだろう。

だが、奴の口から出たのは、信じられない言葉だった。

 

 

「断る」

……何故殺さない。
魔界を生きてきたお前ならば、分かっているはずだ。
魔界唯一の掟、暗黙の了解。
なのに、何故……。

俺が言う前に、蔵馬は今までの鋭く、戦うために生きてきたような瞳から、俺が見たこともないような穏やかな瞳になって、

「そこまでしてキミ達が求めているものが…知りたい」
「何っ」
「光の後にあるものさ。それが何なのか、俺は知りたい」

俺は何も言えなかった。
こんなことを言ったのは……蔵馬が初めてだった。

 

表の世界で何をするか聞いて……それが分からないと言ったのに聞いた。
いや、聞いたのではない。
これからのことが知りたいと言った。
今の俺には答えられないことだから……これから、光を手に入れた後、どうするかを知りたいと。

だから生きてほしいというのか?
赤の他人…つい10分前にあったばかりだぞ。
しかも敵で…お前をそこまで傷つけたというのに……。

敵に何故そうなれる。
敵でないと思っているわけではないだろうに。
何故…お前は……。

 

「こんなにまでして…キミがほしいのは…一体…なんだっ……」

そう言い残し、蔵馬は瞳を閉じた……。

 

目の前が真っ暗になった。
まるであの……夢の中で、闇に埋もれたような……。

 

まさか……。

死んだ…のか?

 

 

審判が蔵馬の胸部に近づき、まだ生きていることを告げた。
その間に俺は陣に引っ張られて、リングから降ろされていたが……。

ホッとしていた。
蔵馬が生きていて……。

 

あの時は、蔵馬の「生」を望んだ自分を恨んだ。
だが、今は……自分を恨まなかった。

蔵馬が生きていてよかった。
ただそれだけ。

それでもいい。
自分を恨まない自分がいてもいい。
自分を否定していては、前に進めないような……光に届かないような気がしてきた。

 

その後の爆拳の試合は、想像を絶するような怒りを覚えたものだが…。
もしあの時吏将が止めなければ……浦飯や飛影だけではない、俺も撃っていただろう。
浦飯が叩きのめしたから、これ以上責めるつもりはない。
絶縁は決定打となったが。

 

 

 

光……。

いつか手に入ったならば……。
もし光の後に何があるのかが、分かったならば……。

最初に蔵馬に言いに行きたかった。

 

もしかすると、行く必要はないかもしれないが。

光の先に……。
蔵馬がいるような、そんな気がしたから……。

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

何か微妙ですね…もうちょっと凍矢くんと蔵馬さんの友情っぽくしたかったんですが……今度もう一回別の話書いてみようかな〜。
六人衆の中では、多分凍矢くんが一番蔵馬さんと仲いいと思うんですよね。
唯一彼と対戦したことある人ですし。

しかし……二人の台詞、マンガとアニメが混同してます(汗)
どっちかに統一しようかなと思ったんですが、流れ上うまくいかなくて…。
そういえば、凍矢くんのしゃべり方はそれほど難しくないかも。
敬語なく、方言なく、不良言葉でもないので!(←逆に言えば、こういうのがある人たちは難しい…)