<純-PURE-> 2
ザクッ!!
ズバッ!!
ドスッ!!
気がついた時、座り込んだ俺の足下には、少し前までは妖怪の男だった肉塊が転がっていた。
そして俺の右手には無意識のうちにつかんでいた、花壇の花の茎……の成れの果てがあった。
長く伸び、鋭い棘がはえて、ところどころに青い血がついている。
恐ろしくなって、慌てて手をどけると、一瞬にしてただの茎に戻った。
「な、何だ、てめえ……自分が妖怪だって知らねえんじゃ…なかったのかよ……」
呆然としていた俺を現実に引き戻したのは、皮肉にも肉塊となった男の相方だった。
顔を上げると、引きつり後ずさりかけている男が見えた。
男の発言で分かった。
今、ただの肉の塊になった男を殺したのは……俺だったんだと。
「あ、あの……」
「な、なあおめえ。妖怪だろ? 俺たちの仲間だろ? た、頼むから殺さないでくれ。な? あ、この連中の魂、全部返すから!」
一方的にまくし立てると、男は小脇に抱えていた大きな袋を広げた。
一瞬にして、中から白い気体のようなモノがいくつも溢れ出、あっという間に周囲に倒れた保母や子供たちの身体に飛び込んでいった。
彼女たちが起きあがる前に、男は散らばった相方の残骸を拾い上げて、飛び去った。
おそらく俺以外の誰にも見られることはなかったろう……。
「……あら? 一体どうしたのかしら」
「みんな大丈夫? ケガは?」
ようやく起きた保母たちは、何が起こったのか理解出来ずに、とにかく喚く子供たちをあやしていた。
だから気がつかなかったのだろう。
俺がその場からいなくなっていたことに……。
「ボクは……人間じゃ…ない……」
保育所の裏にある林で、俺は呆然と立ちつくしていた。
どうすればいいか分からなかった。
あの男は言っていた。
「俺たちの仲間だろ」、と。
そんなこと思いたくない。
あんな連中の仲間などと……信じたくなかった。
だが、一気に押し寄せてきた『妖狐』の記憶が、信じたくないという思いにヒビを入れ、俺を更に混乱させていた。
まだあれが自分だとは思いたくなかったんだと思う。
理解出来ても、納得は出来なかった。
たくさん殺し、そして裏切り、失い……。
そして母さんの実の子でもないということが、一番ショックだった。
人間として生きることも、妖怪として生きることも出来ない。
どちらも俺には選べない、選ぶ権利などない。
母さんの元へも還れないし、かといって他に還る場所などない。
行く当てもない。
妖力もほとんどないから、盗賊の道へも戻れない。
この世界の何処にも……俺の居場所はない……。
「……えっ」
すぐ近くでガサガサと音が聞こえた。
振り返ってみると、近くの藪から数匹の妖怪が現れた。
人型に虫のような羽の生えた……先程のヤツとは、また違った意味で変だった。
どうやら、俺には気付いていないらしい。
しゃがんでいるし、俺と連中の間には高い茂みがあるから、無理もないだろう。
茂みの隙間から、そっと覗き込んで、聞き耳を立ててみるが、よく聞き取れない。
というか、多分すぐ側にいても分からなかったと思う。
連中は人間の言葉が話せない部類の妖怪だったから。
だが、大体やろうとしていることの見当はつく。
腹が減っているのは目に見えているから……となれば、やることは一つ。
保育所を襲うのだろう。
何故この日に限って、そう何匹も妖怪が襲撃してくるのか。
おそらく保育所の建っていた位置の磁場か霊気の流れに問題があったのだろう。
もしかすると、魔界の穴の関係などもあったかもしれないが……今となっては、分からないことだ。
どうせあの後すぐに閉鎖されたらしいし。
俺が見ているとも知らず、連中は保育所へ向かった。
無意識のうちに俺は連中を追った。
還るとか還らないとか、人間として生きるとか妖怪として生きるとか……そんなことを考えてはいなかった。
ただ、ほおっておけなかったんだと思う。
連中が保育所へたどり着く前に、俺は連中を追い越し、立ちはだかって、倒した。
思いだしたばかりの植物の切れ味。
前ほど研ぎ澄まされたものは創れなかったが、連中にはこれで充分だった。
木っ端微塵に吹き飛んだ妖怪ども……。
地面に散らばる木の葉や小石に混ざって、見た目には分からなくなってしまった。
やがて遠くから、保母たちの呼ぶ声が聞こえてきた。
それに混ざって……母さんの声も聞こえてきた。
そうか、そんな時間になってたのかと、ようやく気がついた。
自分では気がつかない間に、林の中でそれだけの時間を過ごしてしまったのだろう。
茂みを越えた所で、母さんとバッタリ会った。
怒られるかと思ったが、母さんは怒りもせずに俺を抱きしめた。
心配をかけてしまったことに、すぐには謝れなかった。
いや…気づけなかったんだ。
母さんの温もり……妖怪の時には感じたことのなかった、温かさ。
少しでも浸っていたかったから……。
だから、他に何の感情もなくて……。
謝るとか、還るとか還れないとか……そういうことを一切考えられなかった。
気がついたら、泣いていた。
頬に大粒の涙を伝わせて……。
記憶にある限り、声を上げて泣いたのは、これきりだった。
何のために泣いたのかは分からない。
一つだけ言えることは…悲しくて泣いたのではなかったということだけだろう。
俺は泣きやむ前に、母さんにもたれて、眠ってしまった……。
そのまま俺は家に還った。
そして今に至っている。
俺があの時、人間の道を選べたのは……自分の意志で選んだのではなかった。
あの時雑魚妖怪が出現しなかったら、母さんが迎えにきてくれなかったら、どうなっていたか分からない。
決断力のなかった、弱い頃の俺……。
御手洗くんの瞳は、弱かったあの時の俺にすごく似ていた。
純粋過ぎて、すぐに誰かの言葉に惑わされ……何かに縋ってなくては、生きていられなくて。
俺はそれが母さんだったから、よかった。
それもまだ幼すぎたから……時の流れに身をゆだねていても、よかったんだ。
刻々と過ぎてゆく時間や、周囲で起こる現象、じょじょに近づいてくる魔界の空気。
それらは俺を変えるのには、充分過ぎた。
だが、彼は縋っていたのが仙水で、しかも一番揺れやすい青春期。
時の流れに任せていては……誰かに縋っては前に進めない時期になってしまっていた。
ここで俺が彼の道を決めてはいけない。
決めれば、彼はその道しか進めない。
誰かに決められたレールの上を進むしか……。
だから何も言えなかった。
自分で選べなかったくせに、彼には自分で選べと言って……我ながら、酷いヤツだと思う。
だが、ああせざるを得なかった。
彼には……俺のように、自分で決断出来ない風にはなってほしくなかったから……。
マンションの階段を下りながら、俺は皆に気付かれないように、ため息をついていた。
もしかしたら、師範には気付かれていたかもしれないが…。
裏口から行くかと話し合っていた時、背後から声がした。
振り返ってみると、そこに……。
パーカーの上から傷口を押さえた御手洗くんが立っていた。
階段の踊り場でガクンと膝を折って、でも必死に顔を上げて、言った。
「君たちと…同じ道を歩かせてくれないか?」
一瞬、時が止まったような錯覚を覚えた。
彼は……選べたんだ。
自分の生きる道を、自分の生きるべき場所を、自分の意志で。
誰に惑わされるでもない、自分だけが決断出来る、自分だけの道を……。
これ以上……どうして、彼を追いつめる必要があるだろうか?
震えている彼の前に、手を差し出した。
「手を…貸そうか?」
彼は躊躇いなく、その手を取ってくれた。
暖かかった。
穢れたものを見せつけられてもなお、穢れなかった純粋な魂。
それであって、自分を確立し、自分の道を見つけ出した命。
触れて心地よかった。
あの頃の俺にはなかったもの。
もう彼は大丈夫だった……。
終
〜作者の戯れ言〜
珍しく一人称小説です。
「SILVER RAIN」書いた後に、こういう話書くのもどうかと思ったんですが…(話の辻褄あってないじゃん)
たまにはこういうのもいいかなと思って(苦しい言い訳)
ちなみに、管理人個人的な意見としては、多分蔵馬さんは小さい頃から妖狐としての記憶はあったと思います(爆)
なら、こんな話書くなって感じなんですが……何となくこういうのも、いいかなと思って。
色々パターン創れるのが、二次創作のいいところかなと(オリジナルじゃややこしいだけじゃ、すまないし…)
もし妖狐としての記憶がなくて、自分が妖怪だと分かっていなかったらどうなっていたのか、今回はそういう方面から見て書いてみました。
|