<ジョーカー>

 

 

まずは、こちらの図をご覧頂きたい。

 

        10  
     
      10
      10  

 

分かりにくいこと、この上ない、古代の暗号かと問いたくなるような奇っ怪なものだが……。
これを前にして、主人公・浦飯幽助はもう数十分も固まったままなのだ。

見開かれた眼、脂汗の浮かんだ頬、シワのよった眉間、血管の浮き出た額、ぶるぶると震える拳…。
それは明らかに、怒りとそして焦りが混同した時にのみ発せられる『恐怖』の現れであった。

 

 

「……いい加減にしてもらえないか?」

幽助が凝視し続ける向こう側で、蔵馬は呆れてため息をついていた。
この台詞にもいい加減飽きてきた……そんな感じである。
暑いのか、パタパタと団扇で仰いでいるが、ずっと待たされているせいか、暑さは否応ナシに増してくる。
彼にしては珍しく、少々イライラ気味のようだが、それも幽助が一言も喋らずに、固まっているせいだろう。

その蔵馬の両脇で、桑原と飛影はもはや完全に負けを認め、だらりと床に伏せっていた。
こうなっては勝ち目はない……いや、とっくに負けているのだから、勝つ勝たない以前の問題になっているため、暑さを凌ぐため冷たい床に張り付いている方が利口だと踏んだためである。

 

しかし、いくら何でも長すぎる。

静けさだけが存在するこの部屋で、時折蔵馬が「いい加減にしてもらえないか?」というだけの空間。
どちらかの勝利…いや、確実に蔵馬の勝利となるだろうが、それを待っている身としては、勝ち目がないくせに延々時間を伸ばしている幽助に、苛立つも道理で、

「時間かけすぎだぞ、浦飯」
「……」
「いい加減に諦めろって。負けを認めるのも、強さのうちってんだろ」
「フン。一度も攻撃せずに負けたヤツの台詞とは思えんな」
「あんだとー! 好きでやらなかったんじゃねえ!! 出来なかったんだから、しょうがねえだろ!!」
「運のないヤツめ。無駄な時にはあるくせにな」
「てめえー!!」

ぎゃーぎゃーとほぼ一方的なケンカを始めた桑原と飛影。
しかし、今の幽助にはその声すらも届いていなかった。
普段ならば、「おめえらな〜」などと言って、適当に仲裁に入るのだが……。

 

そこまで勝負に専念しているということは、今までの声も届いていなかったということになる。
また深くため息をつきながら、蔵馬は団扇の先端で幽助の額を小突いた。
それに反応したように、ずっと俯いていた幽助がちらりと視線をあげた。

「幽助。悔しいのは分かるけど、これは真剣勝負だ。桑原くんも言ったとおり…って聞いてなかったと思うけど、負けを認めるのも強さのうちだよ。潔く諦めたら?」
「……イヤだ」
「強情だね。でも勝つ可能性がないのに、剛を貼ってても、みっともないだけだよ。特にこういう勝負はね」
「……勝つ可能性がない?」

蔵馬の言葉に、ぴくんっと反応する幽助。
明らかに怒っている……まあさっきから怒っているだろうが。
ゆらりと身体を持ち上げ、まるでゾンビが蘇るようなスローモーな動きで立ち上がった。

それを平然を眺めている蔵馬。
ついに頭がおかしくなったのかなと、少々心配になり、ひょいっと顔を突き出して、下から幽助の顔をのぞき込んでみた。

が、少し後ずさった。
幽助は笑っているのである。
もちろん正常な笑みではない。
やはり頭がおかしくなったのか……。

 

「ふっふっふっ……くっくっく……」
「ゆ、幽助? 大丈夫か?」

キャラが変わって、奇妙な笑い方をし出したので、流石に蔵馬も冷や汗が出た。
もしかしたら、脳みその血管が5〜6本いかれたのではないか……。
意識障害でも引き起こしていたら、すぐにでも病院に…いやこの場で手術せねばならないだろう。
手術助手がケンカ中の桑原と飛影では、少々心配だが(…やらない方が、かしこいだろう)。

 

だが、幽助はまだちゃんと意識はあるらしい。
ひとしきり笑った後、びしっと蔵馬を指さして、

「誰が勝つ可能性がないだ!! 俺には奥の手があるんでい!! 見てろ! これで一発逆転ねらってやらー!!」

叫びながら、バッと右手を掲げると、その手にしていた切り札をばしっと床にたたき付けた。
流石に音が大きかったせいか、とっくみあいギリギリまで来ていた桑原と飛影の動きもぴたりと止まった。

 

 

幽助が、床にヒビが入る勢いでたたき付けたもの……(実際ヒビが入ったが…)。

上の図で「」の左側に置いた、それは……。

 

 

スレンダーなピエロの絵が書かれたカード。

 

 

そう…『ジョーカー』である。

 

 

 

 

「あんだよ、浦飯! ジョーカー持ってたのか。だったら、さっさと出せよな」
「ジョーカーはどんなカードの代理もするんだぜ。易々と出せるかよ」
「だからって、他に出すものねえんだったら、出すしかねえだろ」
「ど、どっか他に出せるかもって思ったんだよ……へっ、でもこれで形成逆転だな! 蔵馬!」

嬉しそうに勝ち誇った笑みを浮かべながら言う幽助。

そう、彼らがさっきから随分と長〜い時間をかけながらやっていたもの……。

 

実はトランプ…七並べだったのだ。

 

先ほどの図は、現在、場に出されていたカード。
上から順番に「ダイヤ」「スペード」「クローバー」「ハート」で、そして色分けは各自が出したカードを表しており、

幽助→
桑原→

飛影→

蔵馬→

となっている。
ちなみに斜体文字になっている数字は、パス3を越えてしまい、アウトになった桑原と飛影が、脱落時…つまり負けた時に出したカードである。

しかしこれはどう見ても、桑原や飛影の方が不利だろう。
何せ端っこのカードばかり集まっているのだ。
何とか双方一枚ずつ、中央の7があり、飛影は一枚だけ6があったが、桑原は7以外中心部のカードが一枚もなかったため、何と一度もカードを場に出すことなく、パスだけで負けてしまったのである…。

しかも、まだ何とか生き残っている幽助も、この二人ほどではないが、端っこが多い。
現時点で幽助が出せたのがジョーカーだけとすると……中央部は蔵馬が一人で持っている、ということである。

 

普通に考えれば、イカサマ以外の何物でもないが……それはまずあり得ない。

何せ、このカードを用意したのは幽助だし、切ったのも配ったのも桑原である。
ズルがないように、ゲームが始まるまでは飛影が邪眼で確認していたし…。

なのに、何故こういう状況が生まれたのか?
蔵馬の運としか考えられないが……多分、それしかないだろう。

 

 

しかし、その蔵馬の運も、幽助の切り札によって、覆されようとしている!!

 

 

……とは限らないのが、人生の無情というものであろう。

 

 

「ふ〜ん、そうか。じゃあ、パス1」
「……は?(×2)」

この「は?」は幽助と桑原のものである。
飛影は既に興味が逸れたのか、そっぽを向いて寝てしまっていた。
数秒の沈黙の後、幽助はばんっと床を叩いた。
カードが数枚跳ね上がり、お互いに重なり合ったりしたが、気にせず、

「てめえ! 出せるのあるだろ!! つーか、全部出せるだろ!! 何でパスすんだ!!」
「別にいいだろ。出せるカードがあるからって、パスしてはいけないルールはないんだから」
「あ、あのなー!!」
「はいはい。そんなに怒らない怒らない。ジョーカー出したって事は、幽助もう出せるカードないよね? じゃあ、俺の勝ちかな」

ニッコリと笑顔で言う蔵馬。
切り札であり、どんなカードの代役も務めるジョーカー。
それを出したと言うことは、もはや他に手がないということ……そう、蔵馬はずっとこれを待っていたのである。

 

「蔵馬、てめえ! きたねえぞっ!!」
「ルール違反はしてないよ。これも戦略」
「どこが戦略だ!! ズルしてんじゃねえー!!」
「してないよ。失礼だな……」

そりゃあ、してないだろう。
出来るわけなかったのだから。
文句を言うならば、カードを切って配った桑原に……と、そこまで幽助の頭が回らなかったのは、桑原にとって幸運というか何というか。
しかし、当の本人も蔵馬の戦法が気に入らなかったらしく、幽助と一緒に叫んでいるだけであった。

 

「まあ、騒ぐのはそれくらいにして」
「まだ叫びたりねー!!」
「次、何するんだい?」
「うっ…」

ぐっと言葉につまる幽助たち。
ほとんど知っているトランプは、やりつくした。
そして……ババ抜きも負けた、神経衰弱も負けた、大富豪も負けた、セブンブリッジも負けた、七五三も負けた、一休さんも負けた、ページワンも負けた、ハーツも負けた、ポーカーも負けた、ブラックジャックも負けた……。

一日中やっていて、何一つ勝てなかったのである。
完全に蔵馬の一人勝ち……しかもその全てがイカサマなしだというから、なおさら腹が立つ。
イカサマでもしてくれたら、まだ負けても仕方ないと諦めもつくものだが…。
実力だけで負けるのだから、腹は立つし、弱さを指摘されて落ち込みもする……。

 

しかし、それで諦めないのが、彼らの本分!!

 

「も、もう一回七並べ!!」
「そ、そうだ!! 今回はカード当たりが悪かったんでい!! 次は勝つ!!」
「……ま、いいけど」

幽助が散らかしたカードの上に、残りの手札を投げながら、言う蔵馬。
むろんイカサマなどなく、すり替わっていたり、二枚くっついていたりは一切していない。
しかし、念には念をと、それら一枚一枚を確認しながら集める幽助たち。
収集の時にイカサマされないとも限らないので、カードが配られるまで、蔵馬には手を出させないことになっている。

なので、カードが配り終わるまで、結構蔵馬は退屈なのだ。

 

 

幽助たちが必死にカードを集める傍ら、雨が降りしきる窓の外をぼんやりと眺めている蔵馬。
その心中は、いささか疑問に満ちていた。

「(それにしても……幽助、何であんな位置にジョーカー置いたんだろ? 他の位置なら、次のターンで自分が出せるカードあったんじゃないか? ハートの4は俺が持ってたのに……)」

ちらっと幽助に視線を移してみたが、カード集めに熱中している幽助は、まるで気付いていない。
頭に血が上っていて、何処に出すかまでは考えていなかった…と考えるのが自然だろう。

しかし、もしあそこで別の場所においていれば、幽助にも僅かだが勝機はあったのである。

 

それを思うと、やりきれなさを感じる一方、カードゲームの勝敗は冷静さの有無が不可欠であり、結局幽助たちには勝ち目などないのだと、納得もいくことであろう……。

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

カードゲームとか見たまんまで表現するのは、小説にしにくいですね。
状況が分かりづらいから……。
七並べ…小さい頃家族でやってた時は、父がいつもこういう勝ち方してました。
負けず嫌いな管理人は、毎度毎度「ずるいー!」とぎゃーぎゃー怒鳴りまくった記憶が…(笑)

そういえば6月はギャグ一直線でしたね。
「Fake」はそれなりに、シリアスシーンもなくはなかったかもしれないけど…(多分)
シリアスゼロというのも、問題かも…7月はシリアスなお話も書きますね!