<初夏色> 3

 

……そして、数時間後。

 

「……こんばんは…」

ようやく桑原家にたどり着いた蔵馬は、ノックもせずに、上がり込んだ。
大概インターホンを押す彼がこういうことをするのは珍しいのだが、しかしいつも窓から入ってきたりする者が多いので、あまり気にならない桑原家の住人+今夜のお客たち。
むろんお客というのは、幽助をはじめとするいつものメンバーである。
蔵馬を待っている間も彼らは先に酒盛りを始めていたらしい。
やっと来た蔵馬を振り返り、

「蔵馬。遅かったじゃねえか」
「何かあったのか?」
「色々とあってね……」

問いかけてくる幽助と桑原への返答もそこそこに、蔵馬は女子群たちのところへ向かった。

「蔵馬、遅かったね。あ、その服また着てくれたんだ!どうせならいるかい?」
「いや遠慮するよ…今度洗って返します。それよりも……」

ぶらんっと下がっていた頭をゆっくりと持ち上げる蔵馬。
その眼は何故かうつろで、何百年か分の疲れを感じさせた……。

「ど、どうかしたのかい?」
「疲れてるみたいだけど…」
「具合悪いんですか?」
「薬なんかいる?」

心配そうに蔵馬の顔をのぞき込んでくる4人。
だが、蔵馬の疲れは肉体的なものではなく、精神的なもののようである。
現にあれだけの人数を相手にしながら、怪我などは一切なかったくらいなのだから……。
では、何故弱い敵を相手にして、これほどまでに疲れたのだろうか?

 

 

「……ぼたん…螢子ちゃん…雪菜さん…静流さん…」
「ん?」
「何?」
「はい?」
「何かあったの?」

「……4人とも……どういうことか説明してもらえる?」

バサッと何かをテーブルの上にぶちまける蔵馬。
食べ散らかした菓子が隠れるほど、大量のそれは……雑誌、号外、構内新聞など、とにかく様々な情報誌だった。
ほとんどが畳まれた状態で、テーブルに落ちたが、一番上になった新聞だけが大きく開かれた。
そう、都合良く、今週の特集のページが開かれた状態で……。

 

「あっ……」
「これ……」
「バ、バレた?」
「ってことは、私たちも?」

「……ああ」

引きつっているぼたんたちを、半ば睨むようにしながら言う蔵馬。
適当に飲んでいた幽助たちはそのゴタゴタの意味がよく分からなかったが、興味本位で雑誌をのぞき込んだ途端、酔いかけていた頭が一瞬にして冷え切った。

 

「な、何だこりゃーー!!!」

 

……と、幽助が叫びたくなるのも分からないでもない。

特集ページが開かれたこの雑誌……。
若い世代向けのものなのだが、実は恋愛関係のニュースが載せられているもので、特集ページには『街で見つけたイケてるカップル』というものが載せられているのだが…。
そこにババンッと載せられた一枚の写真、何と螢子と蔵馬のツーショットだったのだ!

 

「け、螢子!!こりゃ、一体どういうことだ!!?」

真っ赤…いや逆に真っ青になって叫ぶ幽助。
握りしめた雑誌は、今にも破れそうな勢いで……だが、螢子はあまり焦る様子もなく、ただ少し気まずそうに、

「あ、あたしだけじゃないよ……ぼたんさんたちも…」

ちらっとテーブルの上に積まれた雑誌の山に目をやる螢子。
幽助は飛びつくように、それらを拾い、次々にページをめくっていった。
そこには……。

 

 

「ぼ、ぼたんと蔵馬が!?こっちは…静流さんと蔵馬!?げっ、これ雪菜ちゃんと蔵馬じゃねえか!!」

「な、何ー!!?」

幽助の一言で、大絶叫をあげる桑原。
まあよくあることだが……。
大慌てで、幽助の手から雑誌をひったくろうとしたが、先に飛影に盗られてしまった。

「おい、こらよこせ!!」
「うるさい!!」

バキッ!!

怒りと混乱にあえぐ兄の力の前には、桑原の愛の力も太刀打ち出来ないのだろうか?
あっさりと殴り飛ばされてしまった。
もちろんすぐさま起きあがり、硬直している飛影の手から雑誌をひったくったのだが……。

「な、な、な……」

桑原の唇がわなわなと震え、雑誌を持つ指が小刻みに痙攣を起こしている。
そこ横で、飛影は放心状態になっていた。
2人が見たもの……それは、楽しげに草むらで戯れる雪菜と蔵馬の姿だったのだ。

 

「ど、どういうことですか!雪菜さん!!」
「えっとそれは……」

言いにくそうにしている雪菜。
しかし、桑原と雪菜はつきあっているわけではないのだし、飛影は名乗っていないが兄である。
別段2人がどう言おうと、雪菜が誰とつきあおうが、彼女の自由なのだが……。
雪菜が言いずらそうにしているのは、それとは全く別のことのようである。

 

 

「雪菜ちゃん、責めないでよ。あたいたちが提案したんだから…」
「どういう意味だ〜!?」

雪菜に対する時とは違い、ぼたんにはかなりものすごい形相で詰めかかっていく桑原。
ぼたんは少し困ったような顔をしたが、とりあえず桑原から雑誌を取り上げて、高く持ち上げ、

「よく見てよ、これ。この間、デパートの空中庭園で撮った写真じゃんか」
「……へ?」
「ほら螢子ちゃんと蔵馬が写ってるのもそうだよ。もちろん、あたいや静流さんのもね」
「……は?」

はたと正気に返る幽助たち。
確かによくよく見てみれば、蔵馬と螢子の写真、蔵馬と静流の写真の背後には、あの小さな噴水が写っている。
蔵馬と雪菜の写真の草むらも、少し離れた位置にある花壇からして、あの芝生に間違いなかった。
蔵馬とぼたんの写真に関しては、遠くに小さく桑原の派手なアロハシャツが見えているし……。

そう、この写真は間違いなく、一週間前に8人で出かけたあの空中庭園で写しまくったもの。
あまりに数が多すぎて、どんな写真を撮ったか全て覚えていなかったが、確かに適当にペアで撮った時があった。
桑原が雪菜と撮った写真や、無理矢理飛影を連行して写した写真が主だったが、少量だけこんな写真を撮ったような気も……。

 

「そ、そっか……じゃあおめえらは蔵馬とは別に……」
「何もないよ」
「あ、そ……」

心底ほっとする幽助たち。
だが、ここで1つ疑問が浮かび上がる。

「おい……何で空中庭園で撮った写真が、雑誌に載ってんだ…」
「しかもこれ螢子の学校の校内新聞だろ……どういう意味だ…」
「これは魔界のだな……どういうつもりだ……」

じと〜っと女子群を見つめる3人。
その後ろからは、ずっと様子をうかがっていた蔵馬の視線も漂ってくる。
そもそも一番そのことを聞きたかったのは、他ならぬ当事者である蔵馬なのだから……。

流石に証拠を目の前にさらけ出されてはどうしようもないと、誤魔化す気もなくしたらしいぼたんたち。
はあっとため息をついてから、話し始めた。

 

 

 

「……実はさ。最近、霊界の男どもに『つきあってくれ』って言い寄られてさ。前からあったんだけど、人間界の洋服とか着るようになって、それがひどくなって…」
「あたしも隣の男子校から…」
「就職活動してたら、そういうのが多くてね」
「私も魔界の人たちから……」

深刻そうに言うぼたんたち。
確かにこの4人の顔は十人並みとは言えない。
十人並みを飛び越え、美少女・美女の域に軽く達しているだろう。
それ故に男に言い寄られるのも、珍しくないのは事実だろうが、しかし……。

「……それとこれとどういう関係があるんでい」
「話最後まで聞いてよ。それでね、大概断った時言われるんだよ。『好きなやつがいるのか』って。あたいいないから、そういう時困って……」
「幽助のこと言っても、本気にされなくて……」
「私もいないからね〜」
「私も……」

雪菜のその何気ない言葉が、桑原の胸にぐさああっと刺さったのは、言うまでもない……。

 

「それで皆で相談してね。架空で相手を作ってしまおうと思って。相手がいるっていうなら、諦める人もいるからさ」
「でも物的証拠がないと、嘘だって言って、諦めない人もいるから」
「じゃあ写真でどうかなと思って」
「蔵馬さんと2人で写ってる写真を……」

「おい、ちょっと待て!!何で蔵馬なんだよ!!」

そう叫びたくなる幽助の気持ちも分からないでもない。
ぼたんや静流、雪菜はともかく、螢子はいちおう自分の彼女…である。
もちろん口約束をしたわけではないが、それでも……。

「だから言ったじゃない。幽助じゃ冗談だと思って、納得してくれなかったって……写真も見せたんだけどね」
「……!!」

怒りたいが、それは螢子に怒るべきことではない。
この怒りは冗談だと思い、信じなかった男子どもにぶつけるべきである。
顔も名前も分からない以上どうしようもないが……。

 

 

「幽助くんで無理だったら、和は100%ダメだからね〜」
「飛影はちょっとね……色んな意味で」
「……」

あえてつっこまなった飛影だが、言いたいことは分かる。
つまり彼氏役としては不適任だと言いたいのだろう。
顔はいいが、彼の身長では……雪菜も最近大きくなってきて、飛影とあまり変わらないくらいなので、彼氏と言うよりはどちらかといえば、兄弟のような(いや、実際兄妹なのだが)。
他の3人と比較すれば、普通に弟だろう。
一般的に彼氏彼女の関係では、通常彼氏の方が長身であり、その方が納得がいくのである。

「そういう点とか考えると、蔵馬くんが一番好都合でね」
「顔もいいし、身長高いし、雰囲気がそれっぽいから……ただ普段着じゃバレると思って。蔵馬さん、有名だから」
「それでわざわざ着替えさせたのか……」
「髪型変えるだけでもよかったと思うんだけどね。服装も一変させた方が、確実だと思って」
「きっとおさまると思ってたんだけど……」

 

「……それが原因か」

どんよりと頭上に暗雲を垂れ込ませて、落ち込む蔵馬。
そんな理由でくだらない連中の相手をするはめのなったのと思うと、怒る気にもなれない。
一週間経った今日になって、いきなり襲われた原因も、あの時の服を着て、あの時の髪型をしていたせいだろう。
「女の敵」…と叫ばれたのは、二股がけならぬ四股がけをしていると勘違いしていたのだろうか?
だからといって、いきなり「くたばれ」は酷いと思うのだが……。

……いくら面倒な男どもを追い払うためとはいえ、一言断ってからにしてくれても……。

 

ぼたんたちの話が終わった後、蔵馬は今日あった出来事を話した。
流石にそんなことになっているとは思っても見なかった4人。
幽助たちもかなり呆れかえっていた。

「あちゃ〜、そんなことになってたなんて」
「ごめんね、蔵馬さん」
「迷惑かけたみたいだね」
「すみません」

「……とにかく明日訂正しておいて……もうこりごりだ」
「はあ〜い」

 

 

「……明日では遅いかもしれんぞ」

ふいに飛影が口を開いた。
皆の視線が彼の方へ向くが、その更に先……飛影が見ていたものに、全員がぎょっとした。

桑原家リビングの窓の外……庭いっぱいに集まるのは、嫉妬に燃える男どもがウヨウヨいたのだ。

 

「……前言撤回。今すぐ訂正して」

そうは言ったものの、そんなこと無理であるのは一目瞭然。
庭木をなぎ倒し、窓ガラスをぶち破り、次々と室内へ飛び込んでくる異形者たち。
正気でない者に何を言っても、馬の耳に念仏である。
とにかく全員殴り倒して、意識をはっきりさせた後、ちゃんと説明を……。

 

だが、そんなことをするヒマがないほど、嫉妬心にあふれかえる男は後を絶たず、結局夜が明けるまで、蔵馬は戦い続けた。
むろんとばっちりを喰った幽助たちも、寝ずの番を過ごさずを得なかったのだった……。

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

TOPにも書きましたが……私はファッションが全くと言っていいほど分かりません!
いつもワゴンセールとかで売ってるのを適当に着てるんで…。
女の人のファッションすら、ちんぷんかんぷんなので、男の人なんて論外…さっぱりです。
だから、結構間違いとか多いと思います(いちおう調べはしましたが)

蔵馬さんたちのセンスが、流行なのかそうでないのかも、よく分かりません。
今の流行も分からないですが、連載当時の流行はもっと分かりません。
当時、私は親が買ってきたのを着るだけでしたので…(姉妹でおそろいとか。私のは女装に見えましたけど…/笑)
どうなんでしょうね?蔵馬さんは何着ても似合うから、どっちでもいいんですけど♪