<しないワケ> 2

 

 

 

「まあ、元々ね〜。コクるつもりもなかったんだ。特別になりたいと思ったことってないのよね」

「南野のこと、異性として好きなんやって知った後もか?」
「うん。全然」

「……何で??」

 さっぱり分からない。
 異性として好きになった相手からは、やっぱり自分も特別な存在になってほしいと……普通は思うのではなかろうか?

 月雨だって、誄華からもっと好かれたい、希望としては一番好かれたいと思っている。
 だからこそ、別の意味でも気に入らない丁に、尚更苛々してしまうのだ。

 

 

「何でって言われても……まあ、無理だって分かってるから」
「分かってる≠チちゅーと?」

「そのまんまだけど。あたしじゃ、無理なんだなあって」
「だから、その無理≠チて何なんだよ??」

 何時の間にか、丁も聞いていた。
 月雨は自分も聞くことに熱中していて気づかずにいたが、ルナは気づいていた。

 だが、黙っていた。
 さっさと、この話、終わらせたいから。

 

 

「あたしじゃ、無理なの。紅光の傍にいるのは」
「……そういうのって分かる≠アとなんか?」

 傍にいる……というのが、単純に近くにいるという意味ではないのは、話の流れからして分かる。
 それも、男女のソレ以上に、特別な意味だ。

 だが、それが可能か不可能かというのは、傍にいてみて、初めて分かることではないのだろうか?

 

 

 

「ん〜。昔から、ぼんや〜りとは思ってたけど……ホームステイから戻ってきた時、はっきり分かったんだ」

 10歳でいきなりいなくなった紅光がホームステイから戻ってきたのは、ほんの1ヶ月ほど前のこと。
 本当に、ある日突然、ふらりと戻ってきた。

 

「いきなりでびっくりしたけど、それ以上にね……帰ってきたピカの顔がさ。何となく、すっきりしてたんだよね……」

 

 今でもはっきり思い出せる。
 いつものように、サボろうか通学しようかと、ぼんやり思いながら道を歩いていた時。

 ぽんっと後ろから、肩を叩かれた。

 誰かの気配は感じていたが、肩を叩かれた瞬間、紅光だと分かった。
 ものすごく驚いたが、「ああ、そういえば、何か碧くんの家、昨日の夜、賑やかだったな」と思って、すぐ落ち着けた。
 特に、奥さんの声がいつまでも響いていたように思う。

 合点がいった。

 けれど、振り返って、もっと驚いた。

 

 

『おはよう』

 

 紅光はそう言っただけ。

 

 

 10歳の時より、背が伸びていたようだが、自分も伸びていたから、差ほど違和感は感じなかった。
 髪型も変わっていなかったし、制服が初等部のものから中等部のものに変わっていただけ。

 顔立ちも、いくら子供とはいえ、数年では極端な変化はないケースだってある。
 紅光もルナも、そうだった。

「ああ、大きくなった」、その程度で。

 

 だが、数年前と何ら変わらない、その表情の中に……確かに、ルナは感じ取っていた。

 かつての紅光と違うモノを。

 

 よいか悪いかと聞かれれば、いいモノだと即答できることを。

 

 

 

 

「それで分かったんだ。あたしじゃ、無理だって。ピカは……あたしじゃ駄目なんだなぁって」

 恋情とか愛情とか友情とか……そういう問題ではなくて。
 本当に、無理なのだと。

 自分では駄目なのだと。

 

 10年間、一緒に生きてきて。
 紅光に一度もあんな顔をさせられなかった自分には。

 彼の一番傍にいることは、到底出来ないのだと。
 分かってしまったのだ。

 

 

 

 ……知っていた。

 紅光が自分自身に怖れを抱いていることを。
 あの眼を嫌悪していることを。

 

 同じように、目が紅くなるルナ。
 けれど、それは魔族化という原因がはっきりしている上、妖気を抑えていれば、決して起こりはしない。

 何より、ルナは自分が魔族であることを、一切嫌ってはいない。
 妖気を解放したら、後が面倒だと思っている、その程度。

 いきなり伸びる白い髪も、血のような紅い目も、とがった耳も、浮き出る紋様も。
 面倒だとは思っても、嫌いだとは思っていないのだ。

 父が同じ性質を持っているからではない。
 そもそも、父・幽助の魔族姿を、ルナたちは見たことがない。
 ルナにとって、自分の魔族の姿は、他に類を見ないモノ……それでも、稀だからといって、嫌いだとは思っていない。

 例え、どれだけ自分が危険な存在になると分かっていても。
 魔族として生まれた自分を、一度だって後悔なんて、していない。

 

 

 だから……紅光が、自分自身に何が起こっているか分からず、ルナの目よりもずっと綺麗な燃える緋の眼を嫌っていることを。
 まわりに同じ眼を持つ人がいないからと、怯えていることを。

 ルナは本当の意味で、どうしても理解することが出来ない。
 気持ちを分かってやれないのだ。

 

 ルナに出来たのは、せめて嘘をつかず、真実を告げず、黙っていることだけ。
 緋の眼を見ても、ただ黙っていることだけだった。

 

 本当は、自分よりもずっとずっと綺麗な緋色の眼になることが、羨ましかったなんて……。

 

 

 

 

「……あたしには、出来なかったこと。出来た子がいたんだろうな〜って」

 想像でしかない。
 紅光は何も言わないから。

 だが、一度……ラナ≠ニ聞こえた気がした。
 わけなく、その子が紅光の心に触れたのだろうと、納得した。

 

 そして何処にいる誰とも知れぬ、その子に……小さく感謝した。

 

 

 

 

「だからって、その子が羨ましいとは思わなかったけどね〜、これが。――ま、そういうことよ」

 言って、ルナは弁当箱をトンっと置く。
 空になったそれを脇に寄せ、水筒からお茶を注いだ時だった。

 

「……あのさ、浦飯サン」
「何? 十干」

「かなり今の説明……脳内自己完結で終わってね?」

 訝しげに言うのは月雨だが、丁も同じ気持ちらしい。
 うんうんと無意識だろうが頷いていた。

 

「……アンタ等、タイトルは読めて、地の文は読めないの?」
「「無理」」

「あっそ」

 ふ〜んっと言った後、ルナはお茶を煽り、弁当を持って立ち上がった。

 

 

「ま、いいじゃない。お望み通り、日常に戻りそうだし。次のページ行くアイコンもなさげだしさ」
「だからそういう裏事情は……まあ、いいけど」

「俺は聞きたかったんや!!」
「お前な、しつこい…」

「お前かて、そうやろ!? 本当は滅茶苦茶聞きたかったんとちゃうんか!?」
「なっ! 俺がそんなデバガメみてえな真似、好きなわけねえだろ!?」

「そういうてるやつが一番好きなんやっ!! このムッツリが!!」
「んだとー!!」

「……どうでもいいけど、食べないわけ? 授業開始まで、後3分だけど」

 

 壁時計を指さしつつ、ルナが言う。
 はっとした男子2人は、大慌てでまだ半分近く残っている弁当にしがみついた。

 たまに、喉に引っかけ、うぐうぐと言う姿を尻目に、ルナは洗面台へ向かい、弁当箱を軽く洗う。

 

 

「結局、課題ほとんど進まなかったわね……放課後さっさと帰りたいのに」

 きゅっと、蛇口をひねると、しばらくしてから水が止まった。
 ルナたちのクラスの洗面台である。
 やはり、老朽化は他のクラス以上らしい。

 ぽちゃんっという、最後の水滴が落ちる音を聞きながら、ルナは思った。

 

「あいつらに押しつけて、帰ろっかな」

 

 

 それが成功したかどうかは、また別のお話。

 

 

 

 終わり

 

 

 

 

 

 

 

 2010年8月から2011年8月にかけての「読んでみたい小説アンケート」にて、一番投票数の多かったのが、「ほのぼの」系。
 コメントにあった「こそ…琉那→紅光メインでうちの丁と月雨もセットでw」を書いてみました。

 ほのぼの……になっているといいのですけれど(汗)
 っていうか、ピカくん、出番少ないし。

 そして、「緋色の月」にいちおう沿った形にしてるのに、想像入りまくりといふ……(爆)
 ピカくんがラナちゃんの所へ行ったのが、13歳の時。
 丁度、旅団に襲われた頃合いなので、ピカくんがクルタ族のところへ行ってる間に旅団が来たのではとも思ったんですが、この時ではなかったという設定で(本編楽しみにしてます♪)

 ルナも、魔族の血をひいてるので、直感的に紅光くんへの想いは叶わないと分かってたとは思うんですが(幽助くんも昔は2勝13敗だったけど、魔族になってから、レースとか当てれるようになってたんで)

 ルナの性格じゃ、ラナちゃんみたいに、ピカくんにあったかい想いは伝えられないんだろうな〜と思った結果、こうなりました。

 

 

 

<2013年2月27日 追記>

 映画「ファントムルージュ」、及び0巻、及び「ピカくんめも」から、ちょこちょこっと設定かえてみました。
 また、本誌で連載が再開されたら、かえるかもしれませんが、とりあえず。
 ちなみに、紅光くんがクルタの隠れ里より戻ってから、まだ6週間はたってません。
 休学していた学校に復帰しつつ、お医者さん探ししている頃の予定です。